我、人に逢うなり

薫風自南来と儀源寺正面の角塔婆にも書かれておりますが、薫風(5月の風)が心地いい季節となりました。
5月はお寺の行事が多い季節でもありまして、先日愛知県の同安居(修行時代の同期)が晋山式を行うということで駆け付けました。
晋山式といえば儀源寺でも令和4年に行いました、住職就任の大行事であります。
多くのお坊さんがいらっしゃいましたが同安居ということもあり、新命和尚(新しい住職)へ問答をかけさせていただきました。
その時に、修行時代に總持寺の猊下であられました江川様のお言葉「我逢人」が頭をよぎりました。
我逢人とは人との出会いの尊さを説いた禅語でございます。
出会いが人を育て、人が出会いを生み出すこと。これに感謝をして、自分自身がその出会いにふさわしいのかを見つめなおすお言葉です。
そこで私は新命和尚の考える「我逢人」を伺ったところ「人との出会いももちろん、モノとの出会いもある。すべてが御縁です。今日のこの問答もまさに我逢人である。」と御示しいただきました。
そんな立派なお答えを持ち帰らせてもらい今回の禅語に紹介させてもらいます。
5月はお寺の行事が多い季節でもありまして、先日愛知県の同安居(修行時代の同期)が晋山式を行うということで駆け付けました。
晋山式といえば儀源寺でも令和4年に行いました、住職就任の大行事であります。
多くのお坊さんがいらっしゃいましたが同安居ということもあり、新命和尚(新しい住職)へ問答をかけさせていただきました。
その時に、修行時代に總持寺の猊下であられました江川様のお言葉「我逢人」が頭をよぎりました。
我逢人とは人との出会いの尊さを説いた禅語でございます。
出会いが人を育て、人が出会いを生み出すこと。これに感謝をして、自分自身がその出会いにふさわしいのかを見つめなおすお言葉です。
そこで私は新命和尚の考える「我逢人」を伺ったところ「人との出会いももちろん、モノとの出会いもある。すべてが御縁です。今日のこの問答もまさに我逢人である。」と御示しいただきました。
そんな立派なお答えを持ち帰らせてもらい今回の禅語に紹介させてもらいます。